泉北・狭山ニュータウンの境界、陶器山近辺には弘法大師空海にまつわる伝説「陶器山七不思議」が残る。名称と大まかな位置は伝わっているが、今では正確な場所は分からなくなっている。今回の「千畳敷」は高倉寺の南方500メートルの小高い山にあった広場。なぜか草も生えず、ここで空海が護摩を焚いて天下泰平五穀豊穣を祈願した。

 護摩は護摩木を火中に投じて祈願する修法で、空海が師・恵果阿闍梨から授けられた密教の重要な修法の一つ。804年、31才の留学僧・空海は遣唐使船で唐に向かい、翌年5月、長安の青龍寺で恵果に会った。恵果は空海の相を見るや、千人以上いた弟子をおいて空海に灌頂(戒律や資格を授けて継承者とする儀式)を授けた。空海は12月に恵果が入寂するまでに胎蔵界・金剛界についての全て、経典、仏舎利を授かった。生前、恵果が日本での真言密教布教を望んだため、空海は806年3月に長安を出発。途中で土木・薬学を学んだ後、10月に帰国した。

 弘法大師が高倉寺に参来したのは810年。この地に灌頂道場を構え、師の望み通り布教に努めた。大日如来尊像(高倉寺の本尊)を刻み、宝塔を建立して安置した。その後空海は勅命を受け、京で鎮護国家のために修法した。国の信頼を得、816年、高野山を賜り金剛峯寺を創建。空海は真言密教を確立するに至った。

 現在、青龍寺は四国八十八箇所0番札所で、御朱印を求める日本人観光客でにぎわっている。私も訪れたことがあり、今回、縁を感じてうれしくなった。

写真上=茶山公園辺りに千畳敷があった?
写真下=空海が恵果に出会った青龍寺の線香

(2019<平成31>年2月28日号の記事を再掲載しました)

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